平成23年3月11日、東北地方太平洋沖で発生したマグニチュード9.0の巨大地震。震源から離れたここ千葉県でも、成田市や印西市で震度6弱を観測しました。
多くの犠牲者を出した震災から15年。発災後の千葉県支部の対応を振り返ります。

発災後の千葉県支部の対応
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発災
災害対策本部の設置
発災直後、千葉県支部では災害対策本部を立ち上げました。災害対策本部とは、災害時に飛び交う様々な情報や被災状況を収集し、関係機関と連携をとりながら、支部の対応を決定・指示する臨時機関です。成田赤十字病院から出動する救護班の派遣調整や救援物資搬送のほか、広報・記録など、幅広い業務を行いました。
災害対策本部の様子
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超急性期~急性期(発災直後~約72時間)
救護班の派遣
千葉県支部は、発災当日から同年8月8日までの約半年間に、延べ20個班の救護班を派遣しました。県外対応としては、被害が甚大であった宮城県石巻市や岩手県釜石市を中心に活動を展開。県内においては発災当日に帰宅困難者が多数見受けられた成田国際空港や東京ディズニーリゾートへ救護班を急行させ、体調が優れない方々の救護にあたりました。
石巻赤十字病院で活動する千葉県支部救護班
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亜急性期(発災後約72時間~数週間)
救援物資の配分
避難所では、毛布などの救援物資の配分を行いました。
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慢性期~復興期(発災後数週間~数年)
「こころのケア」の実施
日赤では、研修により知識や技術を身に付けたこころのケア要員が、被災者と傾聴を中心としたコミュニケーションを行いながら安心感を築いていく心理的な支援を行っています。その他、子どもの遊び場の設置などの社会的な支援も行っています。
避難所で活動するこころのケアチーム
避難所で被災者に寄り添うこころのケア要員
支援の変遷 ~急性期の医療から長期的なケアへ~
発災から半年間で派遣された20個班の救護班のうち、半数は発災から1か月の間に派遣されました。
4月には救護班の派遣が落ち着きを見せる一方で、新たに精神科医の派遣が開始。6月に入ると、さらに「こころのケア」要員が加わりました。
こうした支援の変遷は、現場で求められるニーズが急性期の医療から、心理・社会的支援を主とした「長期的なケア」へと移り変わっていったことを物語っています。
がれきの撤去作業を行う旭市のボランティア
大震災を経た千葉県支部の「災害への備え」は、こちらの記事でご紹介しています。




